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軍国少年の半世紀、そして結局...
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 戦時中に乗艦を撃沈されて鮫の餌になったのはアメリカの水兵だけでもだけでも、ましてや「インディアナポリス」の水兵だけじゃねぇだろがよ。
ましてや広島投下用の原爆をテニアンまで運んだ帰路の撃沈だから天罰てきめん。

 この記事では多くが死んだ悲惨しか書かれてはいないけどな、救援の遅れに関しては

乗員1,199名のうち約300名が攻撃で死亡し、残り約900名は5日後に救助が完了するまで救命ボートなしで海に浮かんでいた。食料と水の不足および鮫の襲撃により多数が絶命した。救助された生存者は316名であった。因みに生存者発見が遅れたには理由がある。グアムを本拠地とする太平洋艦隊司令部と、フィリピン・レイテ島を本拠地とする第7艦隊司令部の仲が悪かった。その為、グアム島とレイテ島との連絡はほとんどない状態であり、丁度この間に沈没したのがインディアナポリスだったのが原因とされている。この事は定かでは無いが、事実とするならばアメリカにも日本と同じ様に海軍と陸軍内での確執が存在したと言う事になる。

という映画にも出たような有名な話もある。Wikipediaで「インディアナポリス」「USS Indianapolis (CA-35)」参照

以下は上がインディアナポリスの生存者Jim O'Donnell、下が記念館副館長のKenneth McNamaraの言葉ですが

-"I hope the young people wake up and realize that the freedom they have today didn't come cheap," he said. "There was an awful price paid for it."

-"This is an incubator for what we want to continue doing," he said.


なんとも俺様正義のアメリカらしい所感だこと。
この人等はきっと日本の熱湯浴と気が合うことだろうよ。

参照記事
WWII ship sinking marked in exhibit
USS Indianapolis Exhibit Opens Saturday


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