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軍国少年の半世紀、そして結局...
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 今のところ、問題のAPの記事にMike Honda議員が反応した形跡を掴むことが出来ないでいますが、とりあえず、APの記事を生で読んでみた感想として、古森さんの記事にはかなり意図的な歪曲なのか、あるいは過ぎた意訳か、とにかくAPの記事にある内容とかなり異なる内容があるということを指摘しておきたいと思います。

 まず古森さんの記事は”AP通信の4日の報道によると、終戦直後の1945年9月、日本当局が占領米軍からの命令で東京都内などに多数の米軍用の売春施設を開き、合計数万人の日本人「慰安婦」が雇用、あるいは徴用されたことを証する日本側書類が明るみに出て”と書いているのですが、確かにAPは「これまで英訳されたことのない資料」とは書いているものの、その内容は、古森さんの示されているような内容、占領軍司令部の命令で慰安所が設営されたのではなく、日本側の意志により「進駐米軍の乱暴狼藉から一般の婦女子を護るために、玄人の女を集めた」、そして米軍はそれを黙認していた、つまりは日本が勝手にやって進駐米軍はそれに乗っかっただけ。
そんなトーンとなっており、なにより、慰安所設立を発令したのは旧内務省、そしてその時期はポツダム宣言の受諾直後、降伏文書の調印以前ということ、APの典拠は茨城県警の公式記録ということになります。

引用元・古森さんが引用したAPの記事の全対訳です。
-Sadly, we police had to set up sexual comfort stations for the occupation troops," recounts the official history of the Ibaraki Prefectural Police Department, whose jurisdiction is just northeast of Tokyo. "The strategy was, through the special work of experienced women, to create a breakwater to protect regular women and girls."

(東京の北東を管轄圏とする茨城県警の公式な記録が「悲しむべきことに、我々県警は占領軍のための慰安所を設営しなくてはならなかった。 その計画では、経験豊富な婦女子の特殊な作業を通して、一般の婦女子を護るための防波堤を作ることになっていた。」と述べている。)

-The orders from the Ministry of the Interior came on Aug. 18, 1945, one day before a Japanese delegation flew to the Philippines to negotiate the terms of their country's surrender and occupation.
(その命令は、降伏と占領に関する交渉をするための日本の代表団がフィリピンに飛んだ前の日、1945年8月18日に内務省から発せられた。)

 ですから、終戦直後の1945年9月に日本政府が占領米軍の命令で云々は、歴史の事実はさておき、氏の主張するAPの記事からはうかがえないということです。
上に引用した以外にも占領軍が命令をしてはいないということをうかがわせる記述は随所にあり、たとえば冒頭から既にこんな記述があります。

-After its surrender - with tacit approval from the U.S. occupation authorities - Japan set up a similar "comfort women" system for American GIs.

(日本の降伏の後、占領軍司令部の暗黙の承認に基づいて日本はアメリカ兵ために同様の「従軍慰安婦」システムを設営した。)

-Though arranged and supervised by the police and civilian government, the system mirrored the comfort stations established by the Japanese military abroad during the war.

(警察と文民政府によって手当てされ管理されてはいるけれど、このシステムは戦時中に日本軍が外地で構築した慰安所を踏襲していた。)

 冒頭からこういう書き出しなわけですからこのAPの記事のコンセプトはわかろうもので、つまり、日本政府は戦前に自国の軍隊のために運営した邪悪な慰安所のノウハウをもって、占領期に同様の邪悪な慰安所を、今度はアメリカ軍のために設営した。
そしてアメリカ軍は、恥ずべきことにそれを黙認して受益者となった、こういうことを言いたい記事なんですが、なんでこんな記事にエセ保守の諸君が諸手を挙げてマンセ~するのか?
僕にはさっぱり解りません。
なによりわかりやすいのは、マッカーサーが出したのは閉鎖命令ではなく立ち入り禁止令なのであり、これが主体を最も能くあらわしますね。

 そういう内容の記述を以後列挙して終わりますが、興味のある方は全文をお読みください、そして古森さんの”ホンダ議員は米軍用慰安婦に関して米軍自体がどんな役割を果たしたかなどの調査を議会調査局に依頼したという。”という記述ですが、少なくともこのAPの記事にはそういう記述はありません。

 そうそう、書き忘れたことが一つあります。
古森さんの記事には5月4日のAPの報道とありますが、該当するものはありません。
実は僕がAPの記事になかなか辿り着けなかったのはこの日付にこだわったせいでして、4月25日付けの記事は早くに見つけてはいましたが、日付があわないのでさらに探し続けていました。(爆

-Although there are suspicions, there is not clear evidence non-Japanese comfort women were imported to Japan as part of the program.

(この計画の一部として非日本人の慰安婦が輸入されたというはっきりとした証拠はないが、しかし疑いはある。)

-The U.S. occupation leadership provided the Japanese government with penicillin for comfort women servicing occupation troops, established prophylactic stations near the RAA brothels and, initially, condoned the troops' use of them, according to documents discovered by Tanaka.

(タナカが発見した資料によると、占領軍司令部は占領軍にサービスする慰安婦のためのペニシリンを日本政府に供与し、RAA慰安所の近くに防疫所を設置してから、兵士達がそこを利用することを黙認した。)

-Occupation leaders were not blind to the similarities between the comfort women procured by Japan for its own troops and those it recruited for the GIs. A Dec. 6, 1945, memorandum from Lt. Col. Hugh McDonald, a senior officer with the Public Health and Welfare Division of the occupation's General Headquarters, shows U.S. occupation forces were aware the Japanese comfort women were often coerced.

(占領軍の指揮官は、日本が自らの軍隊のために調達した慰安婦と、アメリカ兵のために雇った慰安婦の類似性がわかっていないわけではなかった。占領軍最高司令部の保健衛生部専任将校ヒュー・マクドナルドの1945年12月6日のメモは、占領軍が、日本の慰安婦がしばしば強制されていたということを知っていたことをうかがわせる。)

-Amid complaints from military chaplains and concerns that disclosure of the brothels would embarrass the occupation forces back in the U.S., on March 25, 1946, MacArthur placed all brothels, comfort stations and other places of prostitution off limits. The RAA soon collapsed.

(従軍牧師からの抗議と慰安所の発覚が帰米後の占領軍を苦境に追いやるという懸念からマッカーサーは1946年3月25日を以て全ての売春宿も慰安所も他の買春私設も立ち入り禁止場所とした。RAAは、すぐに崩壊した。)


-MacArthur's primary concern was not only a moral one. By that time, Tanaka says, more than a quarter of all American GIs in the occupation forces had a sexually transmitted disease. "The nationwide off-limits policy suddenly put more than 150,000 Japanese women out of a job," Tanaka wrote in a 2002 book on sexual slavery. Most continued to serve the troops illegally. Many had VD and were destitute, he wrote.

(マッカーサーの主たる懸念は、道徳的なものだけではなかった。タナカによれば、その頃までには全占領米軍の1/4以上が性病にかかっていた。タナカは2002年の著作の中で「全国的な立ち入り禁止令は15万人を超える日本人女性を突然失業者にした。ほとんどの売春婦達は、違法に軍隊相手の売春婦を続けた。多くの女達は性病持ちで貧困だったと。」と書いている。)

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