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軍国少年の半世紀、そして結局...
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 スクラップの整理をしていて思い出した。
これは産経izaのBLOGに蝟集しているエセ保守嫌中韓諸兄や妄想日記のお婆さんに読んでもらった方が良いと思うんだな。

自立を唱えつつ米国に従属する――日本人の国家意識に潜む大いなる矛盾

公と私が一体化していた戦前の日本

 即物的な言い方をすれば、国家とは、物的暴力の正当な独占による領域的な団体である。しかし、これでは、統治機構としての国家について定義できても、国民の帰属意識の対象となる共同体としての国家については何も語っていないではないか、こんな批判が出てくるに違いない。
 国家は、それを担う主体としての国民と結びつくことによってはじめて、単なる統治機構にとどまらず、共同体的な帰属意識の対象となったのである。言い換えれば、国家は、国民国家となることによって、その境界内で「普遍性」を実現することになったのである。「われわれ=国民」は建前としては皆同じであり、その限りですべての国民は法の前で平等の権利を享受できることになったのだ。
 しかし、国民国家の誕生以来、国家は常に国家間システム(inter-state system)の中に埋め込まれてきた。その限りで国家は、外に対しては「特殊な」存在でしかなかったのである。相互に「特殊な」存在でありながら、その内部では「普遍的な」共同体として国民の属性を他律的かつ一元的に決定できる主権的な団体、それが近代的な国家の基本的な性格となったのだ。
 ナショナリズムは、まさしくこのような国民国家の二重性のなかから立ち上がるようになった。「邦人」と「外国人」、「われわれ」と「彼ら」、「味方」と「敵」といった二分法的な線引きによって文化の境界と政治の境界を同一化させようとする運動としてナショナリズムが大きな力をもつにいたったのである。そして、二〇世紀の巨大な戦争は、国民総動員の「全体戦争」の様相を呈することで、国家の運命と国民のそれとをがっちりとひとつに繋げてしまうことになった。
 日本に限って言えば、明治の絶対主義的な国家から先の大戦までの超国家主義的な軍事国家に至るまで、ほぼここに述べたような軌跡を辿ったことになる。
 ただ戦時期の日本に際だっていたのは、「国体」という神がかりな観念が猛威を振るったことである。「国体」は、単なる国柄や国家の性格を意味しているのではなかった。それは、国家が倫理的な実体として価値内容の独占的な決定者として立ちあらわれ、国家が無制限に私的領域に土足で入り込むことができることを意味していた。逆に言えば、それは、国家の領域の内部に私的利害が融通無碍(つうずうむげ)に侵入し、公と私とのけじめがなくなり、両者が曖昧なまま一体化してしまうことを意味していたのである。この意味で超国家主義的な「国体」の場合、国家を個々の国民の信仰や価値からニュートラルな公的秩序(=「中性国家」)として確立する近代的な立憲主義の原則が確立されてはいなかったのである。
 敗戦と戦後民主主義は、まさしくそのような「国体」的なるものの呪縛から国民を解き放ち、自由な主体としての国民の再生を促すことになった。この限りで、戦後の日本ははじめて、莫大な犠牲を払って近代的な立憲主義の原則と「中性国家」としての公的秩序の確立を実現したのである。

国家より企業に帰属した戦後日本人

 しかしその戦後日本は、他面では占領国アメリカとの「談合」による、アメリカと日本との交配モデルに他ならなかった。つまり、戦後の日本を有数の経済大国に押し上げた「官僚制的資本主義」の国家システムは、実際には戦時動員体制期にその原型が作られ、敗戦と占領によってより強化され、冷戦期の数十年にわたって発展した「スキャッパニーズ・モデル」(総司令部と戦後日本の合作によるモデル)だったのである。この日米談合システムのなかで、戦後は、戦前の超国家主義とは裏返しの事態が起きることになった。国家的なアイデンティティや愛国心などは、一部の街頭右翼や時代錯誤的な復古主義者の専売特許となり、ナショナリズムや国家のハンドリングについて表だって語ることが憚られるようになったのだ。そして国家への求心力ではなく、むしろ企業(会社)のような中間集団への帰属意識が国民の日常的なアイデンティティのよりどころとなり、それが経済ナショナリズムの自尊心を満たすことになったのである。
 こうした国家意識なきナショナリズムが、戦後としての冷戦期を通じてアメリカの護民官的な覇権の傘の中で安逸を貪ってきたとも言える。
 だが、冷戦の崩壊とともにグローバル化が加速度的に進み、「スキャッパニーズ・モデル」は、破綻を余儀なくされるようになった。それは、膨大な官僚制組織に支えられた介入主義国家としての戦後福祉国家の行き詰まりを意味している。財政、金融、福祉、年金、教育、医療、社会的格差、少子高齢化など、数々の複合的な破綻の様相が顕在化するようになったのだ。

「オウム」と「北朝鮮」が国家意識を甦らせた

 こうして一方では国家への幻滅から市場への幻想が肥大化し、他方では企業のような中間集団が擬制的な共同体(イエ社会)のよりどころではなくなるにつれて、国家への依存はより大きくなっていくことになる。とくに、グローバル化とともにセキュリティをめぐる「リスク社会」の問題が重大な争点となり、国家の実効性が問われるようになったのである。国家が安全を保障し、犯罪と脅威から国民を護ることができなければ、国家に値しないというわけだ。このことを決定づけたのは、アメリカでは「9・11」の同時多発テロ以後の安全保障をめぐる環境の急変であるが、日本の場合、それを決定づけたのは、「オウム事件」と北朝鮮の「脅威」である。
 カルト的な集団によるテロ行為は、国民を戦慄させ、国家の規律―監視―処罰装置の強化と「内的な他者」(犯罪者、反抗者、民族的少数者、精神障害者、同性愛者、カルト的信者など)に対するアイデンティティの教条化が再編されていくことになった。他方、外的なセキュリティをめぐっては、北朝鮮の「脅威」がバネになり、有事法制など、国家の安全保障に関する方針転換が打ち出されるに至った。このような内外の脅威に対する国家意識の発動を通じて、国家は国民の中にその集合的なアイデンティティを再び呼び覚ますことになったのである。

「愛国」がなぜ「愛米」になるのか

 確かにこうした国家の新しい条件の形成は、「日本の自立」に向けた模索の試みのようにみえるかもしれない。しかし国家の規律と監視、処罰の強化は、自由社会の条件を掘り崩してしまうことになりかねない。
 また有事法制の成立が日本の安全保障上の自立を促進すると言えるのかどうか。とくに、日米ガイドラインや周辺事態法を通じて事実上集団的自衛権に踏み込みつつある現状をみれば、「有事」を日本が国家としての独自性にもとづいて判定することは事実上ありえないのではないか。「有事」は、アメリカの戦争によってもたらされる可能性が高いのだ。にもかかわらず、なぜ有事法制をもって「日本の自立」と謳い、それを愛国と結びつけることができるのか。なぜ愛国が「愛米」と無媒介に接合できるのか。愛国が「愛米」になり、実際には「対米従属」の意に他ならないとすれば、いま澎湃(ほうはい)とわき起こりつつある強烈な国家意識によるナショナリズムとは、とどのつまり「従属ナショナリズム」のことにすぎないのではないか。自主と独立、自決こそがナショナリズムをナショナリズムたらしめているとすれば、「従属ナショナリズム」とは、「黒い白鳥」と言うに等しい自己矛盾である。愛国を「愛米」と同一化して憚らないお目出度い楽観主義こそ、いま根底から日本に問われているのである。「反米」にも陥らず、日米関係という大きな柱に、もうひとつ、北東アジアの柱を据えながら、多国間協力の枠組みの中で日本の「自立」を模索する道こそ、真の愛国の選択ではないのか。日本はそれとは逆の道を歩もうとしているように見えてならない。

 さぁ、全文を読み終わったら媚米エセ保守の諸兄は顔が赤くなったのではあるまいかね?
さて、これは誰が書いた論説でしょう?


答えは、2004年9月14日に「姜尚中 」さんが


日本の論点」に寄稿したものなんだな。(大爆



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