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軍国少年の半世紀、そして結局...
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 朝9時何分かの新幹線に乗り越後湯沢に着いたのが昼ちょい前だ。
 幸いに一昨日までが嘘のような晴天だし山にいる間はろくなもん食えんから精一杯食っていこうちゅうことになり、物色してたら日本料理屋があった。
そこで品書きに目を通したらキンキの煮付け中のが会ったんでこれを真っ先に注文し、あとはバイ貝の刺身とかアンキモとかなんだらかんだらをてんこ盛り発注して二人で食い尽くした。

 しかしなんで越後湯沢なんちゅう山の真っ直中で海の物ばっか食わなあかんの?
そしてなんで山の中のキンキが相模湾で食うキンキより旨いの?
これ不思議だったんで板前さんにどこ産のキンキか聞いてみたら函館だそうで...

 さて腹ごしらえを終わったんで一路ロープーウェー乗り場に向かったんだがすんげ~人だこと。

 発車待ちのベンチの列で僕の前にいた女の子、推定大学生なんだが、下がGパンなもんでぶるぶる震えてるんだな。
僕は薄情もんだから「ばっか、ちったぁ考えたなりしてこい」くらいにしか思わなかったんだが、娘が勝手に僕のザックを開けてホッカイロ引っ張り出してくれやがんの。
誰に似たのか知らんけどなんとまあ優しいことで。(僕は適当に薄情、母親鬼のような女、そうなると多分僕の実父か母親だろうと思うが)

 そうこうしロープウエーに乗り込んで動き出したんだが、今度は隣り合わせた40ちょい前くらいの子連れのおばさんだ。
僕の首からぶら下がってるGPSが珍しいらしく素朴に色々聞いてくるんだな。
腹の底では「うぜぇ!!」っと思いながらも適当に聞かれたことを答えてると、これまた親に似ず優しい我が娘。
自分だってマニュアル丸暗記した以外使ったこともなければなんにも知りもしない癖になんだかんだと掘り下げたことを喋りまくるんだな。
この喋りまくるところは間違いなく母親似だぞ。

 こんな地獄のような時間、実際には10分かそこらだったろうが異様に長く感じたんで掛かった時間は正味何分か不明、を経て高津倉山の山頂から1500mくらい下に到着。
かなりの傾斜はあるんだが、まだここいらではカンジキはいるまいと歩き始めると、エーデルワイスのあたりから急に雪面が締まってない状態になってきたんだな。
一人ならそのまま進んでいくんだが、今日はお荷物を一人連れてるんで早い目の方がいいだろっとここでカンジキ、ちゅうかスノーシュー装着。

 ここで問題だ。
 ちょいさっきまで人の世話ばかり焼いてた我が娘なんだが急に子供返りを始めやがった。
「パパ~履きかたわかんない~!!」
ざけんじゃね~よ、てめ、昨日の夜は嬉しそうに家ん中で履いて遊んでたじゃね~よ!!
腹の底ではこうは思ったんだが、なにしろ当方には、中学2年まで放置していたという娘に対する負い目があるんだな。
でそれは言わない、顔にも出さない、仰るように「はい右足出して」「はい右足おっけ~、つぎ左足出して」ちゅうよな感じで娘を肩につかまらせたまま履かせてやったのだな、ちなみに娘は今年で21歳だ。
どうだすんげ~馬鹿親だろ!!
かっかっか!!
可愛いもなぁしょうがあんめ?

 さていよいよ雪中行軍を開始したわけだが、エーデルワイスの前でさわやか系のレスキューのお兄ちゃんに呼び止められた。
しかもかなりビビリまくって。
Q「あのぉ...」
A「あんだよ、にいちゃん?」
Q「スキーじゃないんでしょうか?」
A「なり見りゃわかんだろ?」
Q「ってことはつまり...」
A「じれってぇ野郎だな、はよ喋れちゅうの!!」
Q「はい、率直に言いまして...危険ですので今日はトレッキングは止めていただけないでしょうか...」
A「いってぇどこのなにが危険なんだ?」
Q「はい、そのぉ...今はP缶ですが昨日までは吹雪でして...積雪量が半端じゃなかったんですよ...そんなわけでして...」
A「ったくじれってぇなぁ!!結論を先に言え!!」
Q「あっはい..そのぉ雪崩が..」
A「あんなぁ、俺等は頂上から尾根筋辿って大峰まで行くコースなんだが、そこのどこで雪崩の恐れがあるんだ?、危ねぇのは雪庇だけだろ?」
Q「あっはい..そのコースでしたら比較安全です..しかし降雪量が..」
A「にいちゃんさぁ真面目なのはわかるけど、お前の脳内では下から上に雪崩ちゅうのが吹き上がることがあるわけか? それにな、こんなとかぁあっても2mだろ、俺はつい一昨日までもっと豪雪の中にいたんだよ!!!」
Q「はぁ...」
「それではご相談なんですが聞いていただけませんか?」
A「聞ける相談ならなんぼでも聞くよ。」
Q「ありがとうございます、就いてはですね、下山なさいます時に当方に電話をいただけませんでしょうか?」(ここで電話番号を書いたパンフを手渡される)
A「あぁいいよ!!」
Q「ありがとうございます、ついでにもう一つお願い聞いていただけませんか?」
A「なに?」
Q「携帯電話のお電話番号をお教えいただければっと...」(先に言えって)
A「娘の?俺の?」
Q「あぁはい...どちらのでも..」
ここで悪いおじさんは娘の方を教えることにしたんだが、あいにく僕は電話番号を覚えてないので娘に「お前の電話番号教えてあげなさい。」
でこれまで沈黙を守っていた娘は「ごめんね!!パパって悪い人ぢゃないんだけど小理屈言わないと気が済まない質なんだよね。」とか前振りして電話番号教えながらなんだかんだ話し込んでる。
この性格は俺に似たんだろうな、なんでもナンパのきっかけにしやがる、しかもおやぢの前でするか?

 これでかれこれ20分くらいは無駄をしたんだが歩き始めた、しかしエーデルワイスから山頂までがこれまた勾配急なんだよな。
そんな坂を300mも登ると最後のリフトがあるんだが、娘はそういうのはめざとく見つけるんだな。
で「パパ~!!こんなとこにリフトがあるよ!!」っときた。
あるさ!!リフトくらい!!ここはスキー場だぞヴォケ!!
要するに歩きたくないからリフトで行こうちゅうことなんだが、お前歩きに来たんじゃねぇの?
聞こえないふりをしてリフト乗り場を通過しようとしたんだが、ここは誰に似たのか、我が娘。
リフト小屋のじじいの所に走って行きやがる。
凄いんだよな、初めて履く癖にスノーシューは走れるってことを本能で知ってやがる。
そしてもっと凄いのは、リフト券買ってもいないのに「乗せろ!!」っと交渉してるんだな。
おそらくこういうところは僕の悪影響と思われるが、じいさんいい人で「いいさ、乗ってきな。」と言っちゃうんだもんな。
20歳過ぎた娘に保護者でもあるまいけど、そこまでの横車は押しちゃいかんからじいさんの所に歩み寄って「幾ら払っとこうか?」っと尋ねると「正規の料金は一回300円だから払ってくれるんなら600円でいいよ。」っときた。

 払ってくれるなら...
これはショックだよな、俺って横車を押し倒して金払わん奴にしか見えんちゅうことか?
第一押したのは俺じゃなかろ?
とにかく無理なお願いをやっちゃったわけだから、どうせじいさんがぽっぽに入れるに決まっているのを承知の上で1000円払った。

 そんなこんなで大して速くもないリフトに搭乗し、頂上に着いたわけなんだが、僕らの進路は初心者コース沿いなんだな、ボーダーの下手くそが溢れ返って危なくってしょうがねぇのよ。
上級者コースったってギャップがあるわけでもないし斜度が多少あるちゅうくらいのもんだろ?
ここ滑れんような奴は上来るなちゅうの!!

 レスキューのにいちゃんの指摘した危険よりこれの方が遙かに危険だから、そういう馬鹿にぶち当たられないように、圧雪者の軌跡のないところばかりを選んで屈折したコースを約1.5km歩いてようやく三俣方面への林道(当然夏場は林道なんだが、冬場は雪に埋没)への分岐点に到着。

 ここいらでタバコが吸いたくなってくわえたんだけどライターが発火しないんだよな。
これは気圧と気温のせいなんだろうが、先回は異常がなかったGPSも気がつきゃ落ちてる。
やっぱ乾電池中のはあてにならんわけで、この先体温で暖め続けたけど、結局帰路のロープウェー乗り場まで復帰しなかった。

 ライターを体温で暖めてようやく久々の一服を吸ったんだが、考えてみればこの一服は家で吸って以来だからかれこれ7時間近く断煙してたわけだ、我ながら凄いぞ。

 さて、コースを外れたらいきなりふわふわの新雪さ、ザックリ2m、一歩一歩が概ね膝の上まで沈み込むんだな。
分岐から150mくらいはそれでも雪が軽かったんで30分くらいで進めたんだが、そこから先の雪がやけに重く、そして深くなってきた。

 それまでは経験を積ませる意味で10分交替で先頭を入れ替わってきたんだが、ここから先はかなり重労働で消耗するし汗もかく。
僕は上から下までフル装で汗をかいても影響ないし、多少雪が入っても冷えないんだが、娘の装備は急だったこともあってそこまで金を掛けてない。
よってここいらから僕が先導することにしたんだが、親の心子知らずとはよく言ったもんで本人は至って暢気。
幼稚園児でもあるまいに後ろで歩きながらストックを振り回して歌を歌ってやがる、しかも「与作」だぞ。

 途中何回か小休止を取り雪を水代わりに食ってタバコを吸って、そして歩く。
こんな繰り返しだったんだけど最後の屈折点を曲がるあたりで小雪が降り出した。
時間的には16時を回った頃だったんだが、娘がいるんで怖い思いはさせたくないから夜間行軍を避け、ここでキャンプすることにした。
雪が本降りになるまでにサイトを設営し終わらないとまた寝袋をぬらして寝られなくなるんでとにかく急ぐんだが、娘ってば夏には僕とキャンプをした経験はあるものの冬は初めてだからそういう僕の焦りはわからんのよね。
よって全く使いもんにならんのだな。

 テントは二人用だから少なくとも3坪くらいは踏み固めなきゃならんし、天気が下り坂ってことは承知してたから、先回テントを飛ばされたようなマヌケな事件は避けたい。
そうなるとアンカー埋めるために50cm以上は穴を掘らにゃならん、しかも12カ所だぞ、手伝え娘、歌ばっか歌ってねぇでよ!!

 腹の底ではそうは思うんだが...
 僕は馬鹿親ですからそんなこた言えませんのよ。

 そうこうしてなんとか日没(これが山ん中は早いのよ、日の出は遅いし)迄にはテントの展帳とペグの仮打ち、フライシートの展帳迄は終わったんだが、日没と同時に雪の降り方が激しくなってきた。

 ザックを急いで仮張りしたテントの中にしまい込み、娘もスノーシューと靴を脱がせ、体の雪を完全に落としてやってテントの中に退避させた。
でも僕はまだアンカーの埋め込みとテントとフライシートの本張りがあるのだよ。

 アンカー12枚に張り込み用のロープを繋ぎ埋め込んで、それをフライに繋いだ時には既にかなりフライに積もってたわんでる。
娘に命じてテントの中から叩かせて雪を払い落とし、張り込みを終わった時には入り口に既に雪が溜まってるんだな。

 こらあかんぞ。
でまたテントサイト全体を踏み固め直し、フライの縁にあたる箇所四方の雪を除けて低く固め直してようやく作業完了した頃には吹雪、しかも真っ暗。
ちなみに我が娘はその間ずっと携帯であちこちにメールを打っておりました。

 さて、ランタンを持ってきてないしストーブも持ってきてないからこうなると携行食を食って歯を磨いて寝るしかない。
しかしなぁ、まだ18時だぞw

 寝袋には入ったものの、それから23時頃まで延々とパパと娘の会話が続いたのでありました。
まぁ長時間に亘ったから色々の話があったんだが、父母の関係、父娘の関係の話は色々と差し障りがあるので割愛する。

 でお互い寝ちゃったんだが気がつくと娘が僕の寝袋越しにツンツン突いてるんだな。
寝袋の中で腕時計見たらば午前2時だぞ。
「なんだ?」っと聞いたらか細い声で「おしっこ..」だと。
アホか!!子供じゃあるまいに寝る前にきちんとしとけ!!
腹の底ではそう思うんだが、なんせ僕は馬鹿親ですから言えません。
で「テントの入り口を開けて外にしなさい。」ちゅうたんだが「できない...」ちゅうんだな。
ヴォケ!!夏のキャンプん時は野糞も野小便もしたろうが!!
腹の底ではこうは思うんだが、これも言えませんのぢゃ。
「なに、テントの入り口の開き方側かんないの?」っと聞き返すと「テントの入り口がないの。」っときた。
アホか!!ねぇわけねえだろ!!
っとは腹の底で思うんだが、そんなこと言えるわけがありましぇん。
でしょうがないから寝袋から顔を出して入り口を見たんだが...
ないわ!? ほんとに!?
中より、雪が積もって開けられね~状態になってんだな。
ちゅうことはだぞ、約4時間かそこらの間に30cmも積もったってことなんだなw
それは娘はたじろぐわな。

 しょうがないから寝袋から完全に抜け出して、まずフライに積もっている雪を全部内側から叩き落とし、そして入り口の蛇腹の周りの雪を内側から圧雪し、なんとか蛇腹を開ける状態にはしたんだが、さて、娘にどうやってオシッコをさせようか...
人はこの光景を想像すると笑うんだろうが、実際マジで困った。

 まさか蛇腹から尻だけ外に出しておやじの方を向いていオシッコしなさいなんて惨いことは言えんからね。
こういう時に男はいいよな、内蔵ホースを操作するだけでどこにでも排泄出来るから。

 思案した結果、一旦僕が外に出てスノーシューで新たに積もった雪を圧雪し、僕の予備のフリースを着させて外で用を足させようと思ったんだが、却下だ、その理由「外は吹雪だから寒い」。
で娘の決めた方法は「パパは完全に寝袋の中に入っている、私はお尻だけ出して外にオシッコをする。」なんだが、こんなんじゃお前絶対嫁に行けんぞ。

 そんなこんなの紆余曲折を経てなんとか小用は足したんだが、これで娘は体が冷えちゃって寝られない。
しょうがないから持参のホッカイロを10個ほど開封して娘の寝袋の中に敷き詰めてやってやっと寝てくれたんだが、体が冷えたのとフライに降り注ぐ雪粒の音が気になって今度はこっちが寝られんのさ。
それでもなんとかウトウトし目が覚めたのが4時半だ。

 4時半ったってまだ暗いんだが、とりあえず巷では朝と言える時間帯だろ?
ボチボチ行動開始しようかと娘の寝袋を見たんだがダメっぽい、まだすーすー寝てやがる。

 上を見るとフライに積もった雪の重みでテントとフライが完全に接触すちゃってるじゃんかよ。
とりあえず娘を起こさないように静かにテントを内側から叩いてフライの雪を落とすんだが、かなり積もっちゃったようで、雪を落としてもフライの撓みが消えんのだな。
グランドシートを手でなぞってみてもまだ水が溜まっている兆候はないし、所詮一泊だからまあいいか、そう思いながら入り口から外を覗こうとしたんだが、だめだ、また雪で塞がってる。
一体どんだけ降りゃ気が済むわけ?
なんとかしなきゃいかんのだけどいま動けば娘が起きちゃうし...
しょうがね~から一時間ほどシュラフの中でボサ~っとしてた。
ボサ~っとしてるとチャッチャッチャって着雪音やシュワーちゅう風の音が尚更気になるんだな。

 でイライラしながらボサ~っとしてると5時半くらいにもぞもぞっと娘の寝袋が動いた。
で姫のお目覚めの最初のお言葉がだな「なによパパまだ寝てんの!!もう起きなさいよ!!」ですわ。
ばかたれ!!おめ~が起きちゃ可哀想だから眠くもね~のに寝転がってたんじゃんかよ!!
っと腹の底では思うのでありますが、やはり言えません...

 「おぉ!!もうこんな時間かよ!!」っと取って付けたようなセリフを吐きながら起き上がり、シュラフから顔を出し、入り口の状態を見「あらま!!またすんげ~積もってんじゃん!!」とこれまたわざとらしいセリフを吐いた馬鹿親なのでありますた。

 さて、起きました。
この後の予定でゆけば、キャンプサイトを撤収して大峰に向かう、そして大峰から湯沢に下る、こういう段取りなんだが、ザックを背負ってこれだけの新雪を踏みしめて、しかもこの役に立たない娘を連れてちゅうのは少々しんどい。
よってキャンプサイトはこのままにして、非常食だけを携行して大峰に向かい、帰路は往路を逆転することにした。

 それでも外は吹雪だし風もある、半端じゃないのよ。
 僕は目が悪いんで眼鏡の上にクリップオンの偏光グラスをつけてるんだけど、風向きが悪くって、その眼鏡とグラサンの間に雪が降り込んで凍っちゃうんだな。
しょうがないんで偏光グラスをとっ外したんだけど、まだ薄暗い吹雪の中ったって偏光グラス外すと目がチカチカする。

 約800mくらいの道のりなんだがかれこれ3時間かかって大峰に到着。
本来なら上越の連峰が見渡せ、眼下には湯沢の街の灯りが眺望出来るわけなんだけど、そして朝も8時を回ってるから少しは明るい筈なんだが斜めに降る雪しか見えね。
それでも娘は嬉しそうに携帯で写真とってんだな。
やっぱ親としてはこういう瞬間が最も報われる瞬間だな。

 かれこれ30分ほど大峰にいたんだが一向に雪の勢いは衰えんのだな、そして風もより強くなってきた。
天気予報ちゅうのは良く当たるぞ、まったく。

 ラッセルルートが消える前に下山したいから、またひたすらもと来た道をキャンプサイトに向かうんだが、今度は追い風になるし、新雪もまだそんなには積もってないんで娘に先導させたんだが、まだラッセルルートが完全に残ってたんで早い早い、30分くらいで着いちゃったぞ。

 さて撤収なんだが、これが大変だった。
なにしろアンカーの上が二段締めになっちゃったからなかなか掘り出せないのよ。

 シュラフやらエアマットなんちゅうのはテントをたたむ前にテントの中で全部ソッコーで纏め上げたんだが、ここで予想外に娘が頑張った。
僕がやれば撤収時の格納なんちゅうのは適当で、なんでも専用のバッグに入りきりゃいいちゅうよな入れ方するんだが、丁寧且つ素早くやるんだな。
ひょっとしたら嫁に行けるかもしれんぞ。

 アンカー掘り出してフライシートをたたみ、ポールを抜いてテントをたたむのに約1時間。
相変わらずの激しい降雪の中、アップダウンのあるコースをなんとか脱出してスキー場の初心者コースに出るまでが約1時間半、それでも微かにラッセルしたルートが残ってたんで予想よりは早く出られた。

 昨日はあれだけ人がいた初心者コースなんだが、出てみたところで人はまばら、この気象条件じゃ下手くそは頂上までは来ないちゅうことなんだろう。
コースを歩くこと約30分、爺さんに1000円払ったリフト小屋に差し掛かったみたら人がいないわけがわかった、このリフトは悪天候のため運転してねえんだ。

 ここから先がかなり勾配のある下りなんだが、視界が悪いから僕が先導、そうしてエーデルワイスまで辿り着いた。
素通りしちゃまずかろうからレスキューの詰め所を探そうと思ったら、上の方からシュワーっと滑り降りてきた奴がいる。
なんだ昨日いじめたにいちゃんじゃんか。
丁度良かったんで「色々ご心配をいただいたが無事下山だよん。」っと下山報告すると「えっ!!本当に上がったんですか?」ちゅうから「上がったよん、そんでもって途中でキャンプして大峰まで行っていま帰るとこよん。」ちゅうたらばにいちゃん呆れかえったような顔して「まじっすか!!よく行きましたねちゅうよりよくキャンプ張りましたね!!」っとこきやがる。
僕的には先日の守門や数年前の恐山よりゃ遙かにましなコンディションなんだがね。

 ちゅうより、いま僕が持ってる装備が昔あれば、八甲田山で指揮官がどんだけアホでも死人は出なかったと思うな。

 さてついでだから僕はトイレを使って自販機でコーヒーを買って飲んだんだが、戻ってくると娘がまだあの僕がいじめたにいちゃんと話しこんでる。
だからさぁ、娘よ!!おやじのいる前でナンパすんなってば!!
なんでこう顔が綺麗な奴が好きなんだろうかね?
そういえばいつも飯を奢らせられる時についてきてる大学の先輩ちゅうのも顔が綺麗だもんな。

 まあそんなこんなでロープウエー乗り場まで下がってきたんだが、歩いて降りる予定してたそっから下の滑降コースが立ち入り禁止になっているんだな。
ここで横車を押そうと思えば押せるんだけど、僕らに続いて誰かが入り込んで怪我人が出ても寝覚めが悪い、仕方なくロープウエーで下山、指定もグリーンも空きがなかったんで仕方なく新幹線自由席で帰京をしたわけなんだが、道々娘が言うんだよね。
愚娘「12日はまだ講義ないんだよね、三連休かぁ!!」「パパどうせ暇っしょ?」
我が輩「まあそらな、暇って言えばパパは年中暇だけどな。」
実はこれを言ったのがまずかった。
愚娘「じゃ来週も湯沢連れてきてよ!!」
「でさぁ、今度はスキー教えてよ!!」
っときた。
アホか、おめ~の魂胆みえみえ!!目的はスキーなんかじゃあんめ?
こう言いたいところではあるんだが、やはり言えませんですじゃ...
で思わず「そうだな!!スキーも教えてやらなきゃな!!」っと心にもないことを言ってしまったのでありまする。
よって我が輩、来週も越後湯沢の冬を満喫することになりますた。
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 今回は今までで一番疲れた。
そして今回はそこに登ることを目的とした連山の最高峰アタックを途中断念させられて下山することになった。
そして今回がもっと異例なのは、出発後に、本来目的とした連山ではない連山にアタック目標を変更したことなんだが、これも天候故だった。

 当所目的とした連山は八海のある連山で、ここは新幹線停車駅浦佐から直接アタック可能な位置にあり、東京との往復を考えると一番無駄な時間がないということと、これまで一度も登ったことのない山ということでここに決めた。

 この段階で候補に挙げていたのはこのほかに八幡平縦走(未走破)、岩手山の周辺(未走破)、浅草岳から烏帽子岳までの縦走(走破済み)、リザーブとして藤平山から烏帽子山までの縦走(未走破)だったんだけども、出発の前々日に岩手出身の友人から電話があって「八幡平に行くのなら盛岡まで一緒に行こう。」なんてなことを言われちゃった。
けど僕が山に行くのは色々理由があって、そんな中には「人と口を利くのがやだ。」ちゅうのもあったりする。
よってこの段階で八幡平及び岩手山は排除され、残る奥会津と上越の山の中から選ぶことになったという経緯があるんだが、後になって考えればこれが良かった。
盛岡まで行っちゃってたら気象状況でコース変えること出来なかったもんな。

 さて、浦佐駅に降り立った段階で既に気象状況は劣悪で、駅周辺ですら視界が100m程しかないくらいにガスッており、挙げ句の果てに吹雪だ。
そしてもっといけなかったのは「ゆきおろし」、こりゃまあフェーン現象によって発生する雷なんだが、これが絶え間なく光りそして轟いてるんだな。
まあそれほどに気圧変化の激しい状況だったわけで、これで超2,000m攻めれば死ぬるな、そう思って着いた段階で断念。
色々考えたんだけど、浦佐からそう時間かけずに移動出来るのは奥会津なんだが、浅草岳は知ってるだけにむりぽ...
となりゃ守門しかねぇよ。

 幸い上越線下りの次の発車までそう待ちはない。
45分ほど待って上越線下りに乗り、そこから数駅先の小出まで行ったんだが最悪だぞ、只見線が豪雪運休だ。
僕は色々旅をしてきているんだが、行って見なきゃ動いてるか動いてないかわからんような鉄道はこの只見線と宗谷本線くらいのもんだぞ!!(怒
しかしなぁ、小出から入広瀬まで歩くとすりゃ雪がなくったって5~6時間の道のりだ、そしてそんなとこ歩いた挙げ句に山なんか上がれっこねぇちゅうの!!!

 しょうがないから約30kmの道のりをタクシーで入広瀬まで向かったんだが、この親ぢの運転がまたこあいんだな。
僕だって普通の東京人に比べりゃ格段に雪道の運転には慣れちゃいるんだが、なんせこの親ぢ飛ばす、そしてガンガン追い越す。
この沿線も吹雪で道々除雪車が大量に出動して雪掻いてるんだが、この親ぢってば構わず減速もせんで追い越しまくるんだな。
「対向車来てたらどうすんだ!!」腹の底ではビビリながらも暫くは耐えていたがもう我慢できん!!
で思わず「運転手さん!!そんなに急がなくていいから!!」と穏健な申し入れをしたんだが親ぢいわく「お客さん山はいるんでしょ?この天気じゃ日のあるうちに登山道確保しないとまずいっしょ?」。
もうだめ、僕じーんと来ちゃったもんね。なんていい親ぢなんだ...

 なんだかんだで30分ちょっと走って入広瀬に着いたんだが、吹雪ではないにしろガスって視界は悪い。
料金は一万円ちょっとだったんだが、親ぢの厚意に感謝する意味をこめて2万円払って釣りはチップとした。

 さて、藤平山を目指して歩き始めたんだが、アプローチポイント中の三つ目の三差路を過ぎたちょっと先から除雪されてないんだな。
まだ駅から2km半くらいしか歩いてない、さりとて、このコースは最安全を前提としてプランしたコースであり、最も雪崩の起きにくい地形を縫うようにしてプランしたコースだから外れるわけにはいかんのよね。
しかたね~からここからスノーシューを履いて行くことにしたんだが、ここらで既に積雪1mだぞ、スノーシュー履いてたってなにしろ降ったばっかの雪だから膝の下あたりまで沈む。
第6ポイントまでは直線にして1km程度なんだが、予定外に時間がかかりここに辿り着いたところで既に日没だ。
そして、この辺りからいわゆる山麓から藤平山の本体に入るんから当然傾斜は次第に厳しくなり、しかも積雪が増えて行く。

 当初の予定では夜間は行動しないことにしていたんだが、このままでは追っつかないんであがれるだけは上がっておこうと、ちゅうか当所のプランでは藤平の山頂をベースキャンプにしようと思ってたので、なんでもいいから藤平までは辿り着こうと歩き続けた。
夏に比べて冬のいいところは水を持って上がらなくていいってことだな、雪だけはふんだんにある。
ただ後になってストーブを持って上がらなかったことを悔いたのは、雪ばっか食ってると体温下がるんだな。
丁度この頃に携帯から送ったのが「生存証明 」だな。

 そしてこの頃から風が出始め雷が鳴り始め少々ヤバ気な雰囲気になってくるんだが、丁度それから1時間後くらいに沢筋にはまって足が抜けなくなっちゃったのよん。
幸いか細い沢だから濡れるようなことはなかったけど、なにしろ雪が1m以上積もった中に中空のトンネルがあるわけだから、体の周りをなんとか沢の深さまで掘り下げないと足が抜けないから動けない。
結局これで随分時間を費やし、脱出して少し歩いたところで気力が萎えた。
それでビバークすることにしたんだけど、それが「ビバークで~す 」だな。
写真だけ見ると深そうにゃ見えんだろうが、あそこらで既に積雪は2mを超えてるんだもんね。

 で適当に周囲を踏み固めてテントを貼りにかかったんだが、仮貼りの状態でフライシートを出そうと思った途端強風でテントが吹っ飛ばされちゃったのよん。
なんちゅうこっちゃいな、残ったのはスノーフライだけだぞ、そしてなにより、飛んだテントは7万円もするやつなんだぞ!!「かえせ~!!」ったってあとのまつり、取りに行こうったって真っ暗闇の中でヘッドランプだけが頼りじゃ沢筋に落ちるのやだし吹きだまり乗り越えなきゃ行けそうにないしむりぽ...
しょうがね~から踏み固めた場所を掘り下げで、残ったフライの端っこを雪ん中に埋めてなんとか雪と風をしのげる空間は確保したんだが、その後は「あけおめ」になんとなく書いたような長閑な状況ではなく、かなり過酷だった。

 そして、ここにいる間にニューイヤーコールが何発か入ったお陰で携帯電話はバッテリー切れだ。
そしてなんとか睡眠はとったんだが、まずいことにシュラフが少々濡れてしまったんだな。
これは元旦の5時半頃目が覚めて気がついたんだが、垂れ下がったフライから雪が吹き込んでた。

 5時半ていえばまだじゅうぶん暗いんだが、予定より遙かに遅れてるんで行動を開始、約600mの道のりに4時間かかってなんとか藤平山頂には辿り着いた。
本来ならここにベースキャンプを設営する予定だったんだが、テントを飛ばされちゃったんで張りようがないわな。
そしてここから守門の山頂までは尾根筋を辿る実走距離で約1.6kmある。
問題はザックなんだが、テント貼れれば置いて行けるけど張れなきゃそうはいかんわけで、担いで歩くことにした。
しかし雪が深いのよ。
一番雪崩の危険のないコースを選定してあるんで、他からアプローチするよりゃ勾配は緩いんだが、雪が深いのが堪える。
600m程進んだ所でGPSで確認して気がついたんだが、どうも途中から尾根筋外しちゃったんだな、よって吹きだまりを行軍してたっと。
腰くらいまで沈みながらラッセルするわけだからいくら足を動かしても前に行くよりもその場足踏み状態の方が長いw

 そうこうしている内になんとか山頂まで300mくらいの所までは辿り着いたんだが間もなく日没だ。
相変わらず雪は止まね~し風はより強い。
しょうがね~からビバークすることにしたんだけど動きを止めた途端に体温が下がってくんだな、当たり前だけど、そして悪いことに前の晩にシュラフをぬらしちゃったからよけい暖まらない。
こんなこともあろうかとホッカイロをショップ99でたんと買っては置いたんだが、これも役にはたたんのだな。
「このまま熟睡すれば明日の朝は目がさめんだろう?」まあいわゆる凍死ってやつなんだが、こんな所で凍死すりゃ春になって山菜採りの爺さん婆さんが入ってくるまで発見されんぞ。
そしてめっかった時には貉や狐に囓られて白骨死体化したあとさw
しかし山頂は目と鼻の先だしなぁ...

 ヒャーって風の音とフライシートに雪が落ちてくるサクサクって音を間近に聞きながら一時間ほど思案したけど寒さと疲れで思考力が低下してきてて結論出ね、携帯バッテリー上がっちゃってるから気象概況もわかんね...
色々考えた結果、今一番したくね~選択をすることにした。
それは下山なんだが、二度目だ。

 一度目を僕はまだ引き摺ってるんだよね、それは何時か書いた恐山の諸峰なんだけど、これでまた引き摺る山が一つ増えるんかよ。
一度目は通りすがりに偶然登り始めただけで準備も計画性もなんにもなかったからまだ笑えるけど、これは周到に計画したプランの中でも更に一番安全策だったコースなんだ罠、しかも誰も知らんような他愛のない山だぞ。
けどこれで進む人はきっと遭難する、これが僕の平時の常識でもあるから、もう一回トライし直しゃいいじゃん、ラッセルルートが完全に消えてしまう前に下山しようぜ、こんな風にもう一人の自分に言い聞かせて下山を決意した。

 これが元旦の夜7時頃だ。
幸いまだかすかに登ってきたラッセルルートが残ってる、それを外れないように踏みしめながら下山を開始したんだが、登る時は目標があるから力が出るんだが、下る時はダメさ、ましてや挫折して下山するんだから力なんか出ようはずがない。

 多寡の知れた山の、しかも下りのコースに6時間もかかって入広瀬の魚沼市役所前に着いた頃には真夜中さ。
蕎麦屋があってね、電気がついてるし暖簾も出てる。
そして店の人が店の前の雪かきやってるんだな。
でダメ元で「蕎麦食わせてくれませんか?」っと尋ねたんだが、断られた。(当たり前すぎ)
しょうがね~から「駅はどっちです?」って聞いたらば、この兄ちゃんも変なやつで「駅っすか!わかりにくいとこだから車で送りますよ!」っときた。
当然僕は固辞したんだが、兄ちゃん人の言うことなんか全然聞いてなくってさ、車を引っ張り出して来やがんのよ。
で無理矢理車の中の引きずり込まれて駅まで運ばれたんだが、確かにわかりにくい、ちゅうより誰もこんなもん駅だと思わんぞちゅうような駅だ。

 御礼を言って、少々失礼とは思ったがタクシー代替わりにと千円渡そうとしたんだが受け取らん。
その理由が「蕎麦を食わせられなくて申し訳ない。」ちゅうんだな、そして僕がこのまま駅舎で寝るというと「こんな寒いところで寝て風邪でもひいちゃいけないから家にとまんなさい。」っと言う。
なんていい人なんだよ、でもさ、僕のような風体の怪しいどこの誰ともわからん様な奴を泊めるなよ。
これも固辞して兄ちゃんにてんこ盛りの礼を言い、兄ちゃんの車が去ってゆくのを駅舎の外で見送ってから、駅舎の中にシュラフを拡げて寝始めた。
30分くらいしたら車が止まる音がして誰かが駅舎に入ってくるんだな。
どうせジモティーが運行状況でも確認に来たんだろうと寝たままでいると「もう寝ちゃいました?」っと声がする。
俺ぢゃん!?っとシュラフから顔を出すと蕎麦屋の兄ちゃんだぞ。
「いやぁおぢさん体冷えてると思って蕎麦作って持ってきました!!」
うぅぅ(泣きそうだよ)なんていい人なんだ...

 挫折しまくった後だけに人の好意が滲みるぞ。
せっかくのご厚意なので美味しく蕎麦をいただき、お兄ちゃんも話し好きで色々聞いてくるんで色々の話をして気がつけば2時半よ。
向こうは家に家族がいるわけでさ、年越しの晩を僕のようなろくでもない奴に費やさせてしまって申し訳なく思いながら別れた。
別れ際に蕎麦のお代を払おうとしたんだが、蕎麦を食わせろと言われた時に僕は断った、そのことを後悔しているんでお代は受け取れませんちゅうんだな。
なんて良い奴なんだよ、こいつ。

 そうこうし、お互い名乗り合うこともしないままに別れたんだが、日本にいる間にもう一回入広瀬村(現魚沼市)には行こうと思う、そして営業時間に兄ちゃんの蕎麦屋に行って蕎麦を食おうと思う、今度はお互い貸し借りなしでお代を払ってね。
たかが1,600mの山に挫折して落ち込んだ直後にこういう人の情けに触れるとなんとも嬉しい、無理して強硬の挙げ句に凍死するよりゃ生きてて良かった、つくづくそう思った。

 おかげさまでそれから駅の人がやってくる5時半くらいの間は熟睡することが出来た。
そして駅の人がやってきたんだが、これがまたいい人達で、僕がなんでここで寝ていたかという事情を聞いたら「そりゃ苦労だったね。」ちゅうよな感じで熱いお茶など振る舞ってくれた。
禁煙の駅舎の中で蕎麦屋の兄ちゃんとタバコを吸いまくったんだが、それも気づかないふりをしてくれた。

 やはり只見線は不安定で本来のダイヤを無視した始発だったが、それでもなんとか7時ちょい前には無事に乗車出来、小出まで戻れた。
小出の駅で乗り継ぎ待ちをしてたら、ベンチにいる僕を発見した小出の駅の助役さんがはるばる連絡階段を上って前々日の運休を申し訳なかったと謝りに来た。
まあそれほどに乗降客が少なく、ましてや余所モンの往来のないところだちゅうことではあろうけれども、それを差し引いてもなんていい人達なんだよ。

 そんなこんなで浦佐駅を経てなんとか無事に舞い戻ったわけですが、浦佐駅と言えば角栄の銅像

kakuei

その角栄の銅像に雪が積もっているのを見た真紀子が「パパが可哀想!!銅像に屋根をつけなさい!!」なんちゅう馬鹿なことをほざいて話題になったのはお一昨年だったと思うが、その銅像を見てきた。
そしたら屋根が掛かってたw
越山会が金を出したのか?はたまた越後交通が出したのか?
いずれにしても真紀子とは馬鹿な女だと思う、お前の支持層はお前を支持しているのではなく、角栄の恩義に報いているだけだちゅうことにもう気づけ。

 そして僕だけど、このままテントを買いに行ったぞ。
そして明日からまた山に入るのだな。
なんでかちゅう深い理由はないんだが、今回の山行きは身内には話してなかったわけよ。
そして山中で掛かってきたハッピーニューイヤーコールの一つが娘だったわけなんだが、「なんでそういう楽しそうなことをこっそり一人でするんかヴォケ!!」と叱られた。
当然今日娘の装備一式も買わされた。

 ただ今回は娘を連れて行くちゅうこともあり、遭難の危険は微少な越後湯沢の山ですけん一泊ですぢゃ。

これが我が輩だ!!
kiro








 めちゃめちゃまずいんじゃないの?
 衛星画像を見る限り、該当地域は明日あたりから二日間はかなり雪が降りそうだし、明けても雪崩の可能性が高くなった。

 けど今回はとりあえず現地までは行く、そして多少の悪天候でも入山するのだ。
 さて、なんで雪崩を心配するかというと、昨日だったか一昨日だったか、尾瀬の山中で登山をしていた三人組が熊に襲われてるんだな。
熊が出たのは標高七百メートルの地点だから、低いところいえば低いんだけど、でももう冬眠してていいんじゃね?

 で僕の予定する山はそんなに低くはないんだが、いきなし二千メートルになるわけじゃなく五百メートルくらいからボチボチ登ってくわけで、こうなると予定してなかった熊の危険が増えたw

 でもそれより問題なのは、熊が冬眠に入らないほど暖かいちゅうことであり、新雪が降った場合の雪崩の危険がより高いちゅうことなんだな。

 まあしかしだ、頂上付近が吹雪きでもない限り上がる。
 ようやく進入および縦走ルートを決めた。
 早朝にこちらを出ても進入口最寄りの駅にたどり着くまでに、待ち合わせを入れて7時間、初日は動けないから民宿で1泊。
民宿を朝7時に出発して登頂ポイント1まで徒歩で3kmで1.5時間、そこからポイント3まではそんなに苦労をしないと思われ、道のり6kmのポイント3到着がザックリ15時。
となると野営初日はそこから600mさきのポイント4だろう。

 ポイント4から山頂までの約1kmが急峻なため、余裕を見て3時間かかるとすると山頂が3日目の10時、ここから第2峰までは約500mの標高差のほとんどない尾根伝いになるが、積雪量がわからないので安全を見て2時間とすると、ここで3日目正午だ。

 そして第3峰までは多少の起伏を含んだ1.5km。
これも積雪次第だけど遭難するとすればここが一番可能性が高いんだ罠。
いずれにしても第3峰で野営だ。

 さて4日目だけど、第4峰までは標高差のほとんどない1kmだから2時間、最悪でも4日目正午までには着くだろう。
ここで連峰制覇は終わるんだが、下りはどのコースをとっても急峻なんだな。
でもって往路は目的があるし気合いが入ってるから余程でない限り事故は起きんのだけど、下りはやばいんだよね。
なにより登で気にならなかった荷物が百万倍くらい重く感じる。

 ちゅうわけで少々遠回りだが、迂回路をとることにした。
その下山ポイント1までが山頂から約1kmだから、最低2時間はいるだろう。
ちゅうことは最悪ここで野営かい。

 でここからは沢筋を避けるために大きく迂回するから、仮に更に1km下がった下山ポイント2まで行ければめっけもんだな。
完了地点までは直線で2kmくらいのもんなんだし、あんまり何泊も雪ん中でしたくはないけど、安全策ってことで夜間は行動しない。

 さて5日目ねw
2km歩いて終わり、しかも勾配緩い、ただ雪はそこでも2mはあるんじゃね?

 で出発日だけどまだきまっちょらんのよ。
元旦の朝こっちを出るか2日に出るかちゅうところなんだが、これも天気図とのかねあいがあるんで、2日にまだブログ書いてたら中止だと思ってね。
でもって2日以降書き込みが無くなって、9日になっても書き込みがなかったらバカが死んだと思って笑ってね、なんせ足の具合悪い中でのそれなりに無謀な雪中行だから。
 おそらくこの先陛下のお誕生日を皇居でお祝いすることは出来まいと思い、雨をついて出掛けてきた。

 昨晩から今朝の6時くらいまでははげしく降っていた雨ですが、9時頃には小降りになり、内幸町にさしかかった辺りで完全に止んでくれたので、さして出た500円傘はコンビニのゴミ箱に捨てた。

 余談ですが、傘の年間輸入数量が5億本だとかで、僕のような奴が一杯いるんだろうな、でなきゃ人口の4倍以上の傘が輸入されるわけがない。

 さて、なにしろ歩いていったもんですから途中慶應通りの馴染みの店で寄り道し、日比谷公園を散策し、皇居には12時頃に到着したんですが、まあ凄い人出で、記帳所は言うに及ばず、日比谷公園内でも日頃の10倍くらい人がいたぞ。

 なにしろ僕は待つことと行列することが大嫌いでして、お出ましを待たず、拝礼だけして皇居を後にしたんですが、時間が半端だ。
よって小石川後楽園を散策し、そこからまた歩いて、僕の実父が恵比寿に越す前に家があった小日向まで行ってみたんだけど結構変わっちゃったわ。

 
 隠れ家における最後のイベントは「やまとなでしこ」再放送の最終回を見ることとなった。
ちゅうか、何日経ってもちっとも引っ越しが進まないことに腹を立てた娘が押しかけてきて勝手にやっちゃってるから、テレビ見るくらいしかすることがなかった、それが真相なんだが、不覚にも何回か涙ぐんでしまったんだな。w
しかもそれを娘に目撃されてしまった。

 誰に似たのか、この娘は人をおちゃらかすのが好きなようで、あちこち、これはたとえば娘の母親であったり、兄貴のところの娘達だったりだけど、立て続けに携帯から電話して「パパがさぁ、やまとなでしこみて泣いてるよぉ、ばっかみたい!!」つってんだな。(恥

 ただ、娘は娘で、ママと同じ顔してる森口瑤子がお気に入りなんだそうで、「やまとなでしこ」は初回放映の時にシリーズで全部みたんだそうな。
最近僕は「スワンの馬鹿」をみてたって話は書いたが、実はこれにも彼女が出てたんだが、娘は実はこれも見てたんだそうで、僕が見忘れた最終回も見たらしい。

 それにしてもこの手のドラマは涙腺刺激が巧みで、今回もまたしてもやられてしまったわけなんだが、しかし見たからといってなにも残らんのだよな。

 その昔「トレンディードラマ」とか「トレドラ」ちゅう言葉があったわけなんだが、こんな蓮っ葉な物に依拠してその時代時代の文化ちゃら風俗ちゃらちゅうものが形成されていくなんてこと考えると空恐ろしいぞ。

 そうそう、割と近くの五反田近辺に入院中とかいう貴女。
 僕がなんの反応もしないのは、僕が反応することは貴女のためにならないと思うからなんだな。

 他者依存するのは止してさ、自己規制全部撤廃してみちゃどうよ?
たとえそれで野垂れ死にするようなことになってもさ、そりゃそれで立派に人生だぞ。

 豪傑爺さんがお亡くなりになった話は、書かれた当日に承知し、勝手に謹んで冥福をお祈りいたしました。
 それがなぜか最近わかってきた。
 予定が全くないわけじゃないんだけど、最近はご存じのような事情で予定が少なくなってきてるんだな。

 で多くの時間をなにに費やしているかと言えば、一が読書で二がトレーニング。
それでもかなり時間があるわけで、なにをしているかと言えば、これまであまり見なかったテレビを見てるんだな。

 でいま気づいたんだが、昨日の晩「スワンの馬鹿」の最終回を見るのを忘れた。
まだ忘れるだけ救いがあるんだが、これをきっちり見てたらいよいよ僕も「あっち側」の人だぞ。w
浦和の家に行く用が出来たので通りすがりに立ち寄ったんだが残念なことに代替わりしちゃったよ。

メニューは勿論、店構えまで今っぽっく変わっちゃつてたりして・・・
当然蕎麦粉も更級のみ...
ただ、穴子の天婦羅だけは先代の時の儘だった、これだけは救いだったが、もう来ないと思う。
いま某イタリアン・レストランに入店しオーダーをし終えたとこなんだが、ザ・フーがかかっている。

カンツォーネ流せとは言わんが、フーはね~だろ?

 日曜に予定通りザックに10kgほど詰め込んで歩きに出かけたんだが、車では見過ごすような物が良く見えるし、車では入って行くことを躊躇するような場所にも入って行けるのが良い。
とはいえ、なんだかんだで往復30km弱を7時間かけて歩いたんだけれども、さすがに新品のスノトレを履いたうえに10kgの荷物を背負い込むとかなり堪える。

 全行程中二回休憩を取ったんだが、其の内の一回が蕎麦屋だ。
屋号は「吉田屋」といい、この店は前々からあることは知っていたんだけれども、所在が旧東海道なもので車では行きにくく、ついつい昨日まで行きそびれていた店なんだな。
話によれば創業は安政年間だそうで、江戸から明治にかけては今店がある東大井よりはもう少し日本橋に近い鮫洲にあったらしく、店内においてあるパンフレットによれば、幕末から御維新にかけての常連客には山岡鐵太郎(鐵舟)などがいたと書いてあったが、ここは定かではない。w

 さて、品書きを見たんだが嬉しいことに蕎麦がきがあった。
僕は大した蕎麦っ食いではないんだけれども、品書きにこれがある店では必ずこれにすることにしており、これまでに東京は言うに及ばず、長野にいた数年間にも土地の名士に紹介された店は殆ど回ってみた。

 しかしながら、どこで食っても彼方の記憶の中に残っている「蕎麦がき」の味とはほど遠く、その原因はそば粉の研ぎ過ぎじゃないかと思っている。
 前のブログに書いたような気がするが、板橋宿の某蕎麦屋、ここは研ぎ方の違う二種類のそば粉を用意しており、見た目が白い更級粉の蕎麦と、えぐみや臭いの強い黒い蕎麦粉の蕎麦が選択できるから、更科が嫌いな人でも満足できるんだが、残念なことにここは蕎麦がきをやってない。
世の中がバブル以降上品になり過ぎたのか、どこの蕎麦屋に行っても更級しかないんだが、吉田屋は蕎麦がきの蕎麦粉と蕎麦切りの蕎麦粉が違うことを祈念しつつ注文してみた。

 店が混んでいたこともあるが、ずいぶん待たされた挙げ句に出てきたものは...
 ダメだよ、これは...
まず最初に、こりゃ蕎麦がきじゃないわ、それを我慢するにしてもなんだこの茹で加減は...
蕎麦がきちゅうのは「掻く」から蕎麦掻きなんであってな、こんなんじゃ蕎麦粉で作った水団だよ。
そしてやはり...
更級だった...

 ちなみに駐車場にはベンツやBMがてんこ盛り駐まってたんだが、こんな程度の店を有り難がる馬鹿がいるから進歩がとまっちまうんじゃね?
同じことは神田の藪にも思うんだが、あそこの蕎麦を洗練された蕎麦、こりゃうちの兄貴も言うんだが、なんだとすりゃ僕はやはり美味いもん食いではあっても蕎麦っ食いにはなれんな。
 本来ならいないはずだった正月をこっちで過ごすことになっちゃった関係でこのところ極めて暇な毎日を送っていることはご存じかと思うんだけど、暇だ暇だとぐうたらしてれば金食うばっかりでなんにも楽しくない。
で久々に山に入ろうと思い立ったんだが、最後の山が途中下山という不名誉な結果となったため、今回は万全を期するべくカンジキをやめスノーシューを持っていくことにした。

 さりとてスノーシューに関しては何の予備知識もないし、身の回りに履いたことのある奴もいないので、ここは一番専門家に聞こうと、旧知で登山用具販社・KS社のK氏を訪ねた。
まあ色々と懇切丁寧に話を聞かせてくれたんだが、僕の一番懸念事項であった、カンジキ履いても腰くらいまで来る積雪の場合どうよ?という質問に極めて明快に膝以下!!っと答えてくれたのですかさず買うことになった。

 氏の推奨で買ったのは


これなんだけど、1.7kgと軽い!!
いずれにしてもこれだけでは山には入れないのでストック1セット、スパッツ、これは持っちゃいるんだが、もう随分使い込んだので新調、でザックなんだが、今持ってるやつが75Lでかなりでかく、もう歳が歳だからとにかくザックは中身込みで20kg以下に抑えたいという気があって60Lのを新調した。

 あと靴。
これまで使ってきた奴が重い上にそろそろソールの耐用年数を過ぎるところなので、少々無理をして軽くて少々底が柔いやつに買い換えた。

 そして防寒なんだけども、前回マイッタ原因はカンジキばかりではなく、ダウンにあったんだな。
なんせボコボコのを着ていったもんだからアウターが上から着られない、で内側に雪が回ってしまったんだが、昼間行動している場合は吹雪ででもない限りは良いんだが、夜が保たない。
おそらくあの時下山を決意しなかったら夜になってかなり厳しい目に遭い、下手をすれば死んだと思うんだが、今回はその反省にたって薄めのダウンに買い直した。(ほしけりゃ古のノースフェイスあげるよん!! 但し色はド派手で街中ではきれんぞw)
薄めとおは言え、値段は今持ってるやつより倍近く高かった。

 で「お勘定!!」っと言ったらば「じゅうごまんにひゃくはちじゅう円ですぅ!!まいどありぃ!!」だと!?
「少しくらいまけなさいって!!」ちゅうと「へい!!でわじゅうごまん円丁度で!!」だとよ。
280円値引きでおわりかよ!? 言っても仕方ないんでそっこー金を払って包装してもらったんだが、何だこの大荷物は!!

 これじゃ電車に乗る気せんのよ、僕はね、基本的に怠け者だからさ。
また車を手放したのを後悔はしたんだが、電車なんぞ乗りたくねぇ~からタクシー拾って帰ってきたんだが、高速込みで万券一枚だよ。
なんとも高い買い物行であったことよ。

 いよいよどの山に入ろうかって段階なんだが、まあここは勝手を知った山の方が無難だろうということで、今のところは浅草岳を中心に日程を組んでみているのよね。
で靴新調しちゃったからさ、これから出発までは毎日靴はいて歩き慣らさんといかんわけ、しかもここんところ重い物持って歩いてないからさ、ザックに20kgくらいのバラスト詰めてさ。

 今週末以降、都区内の街の真ん中を登山用のくそでかいザックを背負ってスノトレ履いてあるってるおっさんがいたらそれたぶん僕...

 それにしてもスノーシューを使ってみるのが楽しみなこった。
 昨日も暇だったんでちょっくら電車に乗って横浜まで出掛けてきた。
 関内で降りたんだが、降りた頃が丁度昼飯時、でわ!! っと中華街に向かったんだが、相も変わらず道を歩いていても日本語が聞こえてこないんだな。
相も変わらず道を歩きながら携帯電話で「ぴーちくぱーちく」、まったくヘドが出そうな喧噪で、どうにも僕はこういう環境で飯を食う気にはならんのよ。

 仕方なく更に歩を進めて元町に行ってみた。
なにしろ車では入って行きにくいところなんでゆっくり歩くのは数十年ぶりになるんだが、随分変わっちゃったもんだよ。
でも昔からあるお店はまだ随分残ってて、そんな店の一件で危うくレザーのジャケットを衝動買いしてしまうところだった。
なんで衝動買いしそうになったかというと、染めが良かったし一見皮が良かった、でありながら値段が8万円っと安かったからなんだが、しかし買わなかった。
なんでかというと、よく見るとフラップポケットのところで皮が接いであるからなんだな。
これが二十歳代や三十歳代の頃ならそれくらい我慢して買っちゃったんだろうけど、さすがにこの歳になると、そこが一枚皮じゃないと表に着て出る気はしない。
僕としては珍しく、買う前に慎重に見定めた結果大枚八万円を失うことを免れたわけだが、結局、今更ネクタイ買う気もしないしスーツを買う気もしないし、カジュアル系の靴もってことで服飾系はなにも買わなかったんだが、それにしても元町にはまだハマトラの香りが残っているのがなんとも嬉しかった。

 なんだかんだと一時間半ほどウインドー・ショッピングしながら歩き回ったんで疲れてきた上に腹も減ってきたんで飯を食おうということになったんだが、いわゆる「洋食屋」ってのがほぼ死に絶えたね。
であるのは中途半端なイタ飯屋とこれまた正体不明のフランス料理屋と銘打った国籍不明料理屋ばっかなんだな。(だったら「洋食屋」にしとけって!!)

 ボチボチ探すのも面倒になってきたんで目の前にあった「Italian El Ella」ちゅうとこ入ったんだが、時間帯が悪いのかメニューが最悪で選択肢がほぼ無いんだな。
選択肢がないちゅうのは「イタ飯屋」を広く主張出来そうなメニューしかないちゅうことで、仕方なくサラダとパスタとくったんだが、ちなみに酢はただのりんご酢だろ?ヴォケ!!
まあ払った金は三千円弱なんでかつて霧笛楼の「いくら創作ちゅうてもだな、基本無視すりゃアウトだろ!!」ちゅうよなインチキ臭いフランス料理に七千なんぼ払った時ほどには腹は立たなかったが、少なくともデイタイムの元町は真面目に飯を食うところではなかった。

 でまたプラプラと歩き出し、石川町の駅に向かおうとしたんだが、そうえいば先々週くらいに来た時に銀杏がもう少しだったなってことを思い出し、横浜人形の家の前の歩道橋で写真だけ撮ってきた。





横浜人形の家でライブイベント-ブレッド&バターら出演
 都鳥といえばまず思い浮かぶのが在原業平の
名にし負はばいざ言問はむ都鳥
  わが思ふ人はありやなしやと
で、東京ではさして珍しいとも思わない鳥なんだが、今日とんでもないところにいるのを知った。
 いつも通ってる場所なんだが、外堀通りと白山通りが交差する水道橋駅の脇なんだな。
まあそりゃ神田川があるといえばあるんだが、けど今まで一度も気づかなかった、そしてこんな所の街灯の上とか信号の上にわんさかとまってんだよ。

 前々から作ってるのは知ってたんだけど、単にトヨタの部品センターだろ?くらいにしか思ってなかったんだが、今日たまたま前を通ったら違うぢゃん!!

 ららぽーとよりゃまし気なショッピングモールだぞ。
 でなに?今日がマスコミ公開かよ。
まぁ場所が場所だけに買い物に行くことは無かろうとは思うが、鶴見にしちゃいいものが出来た。

トレッサ横浜
なんで週に二回もこんな所に?
自分でも思うんだが、兎に角いる。
で思うんだが週頭に来た時より紅葉が深くなってんぢゃん。

太陽も釣瓶落としに沈んでゆく、いよいよ正月が近いちゅう気分になってくるぞ。
 キャンプ座間に向かいながら聴いていたラジオからたまたまガロの「学生街の喫茶店」流れてきた。
これはこのグループの曲では最大のヒットじゃないかと思うんだけども、実はこれはB面だったんだな。

 ヒットしたのは1972年だから僕ぁ大学2年だったわけなんだが、この曲ってな実に便利な曲だった。
どう便利かちゅうと、ハモりやすい、誰かがギターを弾きながら歌い出し、サビの「あの~時は道に枯~れ葉が、音も立てずに舞っていたよ」ちゅうところにさしかかると、そこに居合わせた人間がいきなりハモり出す。

 The Beatles「Get back」とかCrosby Stills & Nash 「Teach your children」とかがそうだったし、ハモりはしないんだがThe Monkees「Daydream believer」
Cheer up, Sleepy Jean Oh, what can it mean To a daydream believer And a homecoming queen
の無限リフレインとか..

 こうしてみるとピアノもギターもほとんど弾かなくなったしみんなで歌うちゅうことも無くなっちゃったな。
ってか、そういうメンバーが集まれるチャンスが壊滅的に無くなっちゃったちゅうか...

学生街の喫茶店


Get back


Teach your children


Daydream Believer

 色は黄色ではなかったんだが今日pavementを歩いていてふと口ずさんでしまった。

 横浜がどんどん遠くなっていくんだよな...
あと一回、正月には来るんだろうが、そのあとはというとおそらく生ある間にはもう来ることはあるまい、そう思うとめちゃ寂しくなってきた。

 十余年横浜を離れていて戻ってきた時にはあまりの様変わりに哀しくなったけど、それでもまだ色々と思い出に繋がる物は残っている、しかしそれとて見ればこそ、来ればこそだもんな。


 男性の冬服、これがNGアイテムだ!によると
1位 全身レザー

街中ともなれば激しく浮くのは必至。決して上下で組み合わせず、着るなら単独で。

2位 ダッフルコート
イメージ的にはオタク要素が強く、これをオシャレに着こなせる人はほんの一部。

3位 ウィンドブレーカー
一般の人がこれを着用するのは釣りかジョギング中というレベルの、完全実用アイテムだ。ちなみに、その機能性からか、アキバ系男子も好んで着ることが多い。

 詳しくは本誌で確認して欲しいのですが、他にもロング丈ダウン、スタジャン、オーバーサイズ、「スタッフ」アウター、GジャンもNGアイテムとして挙げられていました。全身レザー(バイカーファッション)、ウィンドブレーカー(もとアメリカの商標名から)、オーバーサイズ(アメリカの服は大きめ)、スタジャン、Gジャンなどアメカジを感じさせるものにNGアイテムが多いようです。これは、今風ではない(時代遅れ)、もしくはアキバ系を感じさるので不評ということでしょうか?
だそうだよ。
しかしな、おれダッフル着るけど、これって記事にある通り着方だと思うぞ。

 なんでダッフル着るかと言えば、そりゃ寒いからなんだが、ただ防寒の用に足りればいいって着方すりゃ、そんなもんはイギリスの田舎町のおやぢで終わっちゃうんだろうぜ。
そして後は生地なんだろうが、しっかりした生地のを買ってくれば、それなりにしゃきっとして颯爽と見えると思うし、下に何を着る可ってのも重要。
なに着たって、着てる奴が基本的にカッコ悪けりゃ言うだけ無駄だとは思うけどさ。

 ウインドブレーカーってのはいったいどういうものを指すのか、いまいち僕にはよくわからんけどさ、芸能人にもいるけど、街中でアディダスとか着てる奴はやっぱわかってない奴だと思う。

 そしてトップはレザーなんだが、これもダッフルと同様で着方だろ?
僕はブランド信仰はないんだけど、レザーに関してのみ言えば、ブランドの方が良いし安物はダメ、、一番良いのはオーダーメードだと思う。

 まこの記事は女の子の雑誌の記事がソースのようだから僕にとっちゃどうでも良い評価なんだが、たとえば最近の男性ファッションを同性の僕から見た場合どう思うかと言えば、まずダンディーじゃないということ、次にだらしなくて品がないということ、着てる奴の個性を感じない、なにを表したいのかとか自分をどう表現したいのかってのがさっぱりわからない、こんな感じだな。



 一月いっぱいで日本からいなくなるんだがまずいことに今月末に車検なんだな。
通すか通すまいか、3日ほど考えた末に売ることにしたんだが、風向き悪すぎ、なんせガソリン高いから大排気量・高出力車ちゅうのは高く売れんのだw

 でもまあ車検を通して三十万から四十万、自動車税を七万くらい掛けても先行き乗るってば数ヶ月に一回乗るか乗らないか、どう考えたって合わないわな。
 幸い?巷はもうすぐ連休だ。 散財!!散財!!w

 噂には聞いていたがEisbein。
 目の当たりにしてみてドイツ人がなんでああも野蛮な顔をしているのかが解ったような気がする。

 昨日は義理の姉と姪二人、それに家の娘とで晩飯を食いに出掛けたんだが、彼女たちが食いたいと言う木場の某天麩羅屋、これは僕が昼飯食いに行っちゃったんで却下。
そうなるとまとまらないのが女族、で結局、これまで徹底的に忌避してきたドイツ料理の店に行くことにした。

 なんで僕がドイツレストランを忌避してきたかは前にも書いたと思うが、キャベツとジャガイモとソーセージ、それにアイスバイン以外ドイツ料理と称するものを聞いたことが無く、そのアイスバインの恐るべき印象をさんざ聞かされてきたいたからなんだが、娘と姪達は怖いもの見たさでオーダーしちゃったんだな。

 でそれを少々分けてもらって食ってみたんだが...
 なにこれ!?
給仕された段階でただの色の悪い肉塊が皿にのっかって出てくるだけで色気も素っ気もなく、なんとも不味そうな印象だったんだが、食ってみたらやっぱマズ!!

 出たもんはなんでも食え!!
昔給食で出て来たもんを残しまくる僕に担任が投げつけた罵声を思い出した。

 けどこりゃ食えん....


 名古屋圏の老舗の和菓子屋さんは同窓生が多く、名古屋圏にいた10年間には某有名ういろうメーカーの創業家のYさんのつてであの地区の和菓子屋さんの創業家の人達で同窓生とは随分面識が出来た。
そんな中に赤福の先代もおいでになったわけだが、こりゃ先代の頃からの習慣で、不二家の一件が表に出た途端に止めたってんだから悪意だよな。
そしてあの頃僕はしょっちゅう赤福餅をありがたく頂戴していた。

 賞味期限ちゅうのもなかなか難しいところはあるんだが、老舗は老舗らしくやってもらいたい。
 同じ創業家で同窓会長、同窓社長の和菓子屋さんに名古屋の栄に店があるS総本家ってのがあるんだが、ここは品質にはめちゃめちゃ拘りすぎて名古屋の茶人の間でしか有名ぢゃない。
枇杷島にある工場も何回か遊びに行ったことがあるけど、とにかく、自分たちで管理可能な究極の生産量なんだな。

 経営としてどちらが正しいとか正しくないとかという話ではないんだけど、老舗の暖簾ちゅうのは斯くも重い、これは言えると思う。

 チョイの間国外に出てたのであまり使っちゃいないんだが、とりあず尻が痛いのでもう少し良いのに買い換えた。

 前のチャリンコが総走行距離が60㎞、買い換えた新しいやつ、実は昨日納車されたばかりなんだが、これが40㎞。
この40キロちゅうのは、大森のチャリ屋に登録に行って門仲の家に帰り、そして大田区の隠れ家に戻った、それだけで40㎞走ったちゅうことなんだが、明日は雨が降りそうでたぶん乗らん。
もし晴れたら外苑行くぞ!!

 若松町の爺様の面倒をみたお礼ということなんだろうが、ザッハーのトルテが航空便で届いた。
よくもまあいつまでも僕の好物をおぼえているもんだが、しかしなぁ...
この歳になるとこれは胃に重すぎるぞ...

 とはいえ、ご厚意はありがたく、お礼のメールを送った。
 それにしてもこのためにウイーンまで行ったんかい?
還暦近くになっても性格かわらん奴だよな。

 断りにくい相手、僕にとって断りにくい相手というのはそんなにはいないんだが、一は愛娘、二は最初の奥さん、三が中国行きの黒幕のMさん。
これくらいのもので、今回のジブリの森ちゃら男鹿和雄展に連れてけちゅうのはお察しの通りに愛娘ですわ。

 で新宿で拾ってしょうがなく木場まで行ったんですが、着いた時には入場待ち時間140分。
こういう時には娘の気性が頼もしい。
これは母親に似ようが僕に似ようが同じことなんだろうが、待つことを嫌う、行列することを嫌う。
で入り口まで行って取りやめとなりました。(爆
 物事の価値を金銭に置き換えるのは必ずしも正しいとは言えないんだけど、この場合は正しいかも知れない。
僕は逗子マリーナとは縁がないのでこのレストランには入ったことはないんだけど、葉山マリーナは値段的にはここにある値段の6割。
味、これは不味くはないんだが、なによりコンセプトがはっきりしないもんが出てくるんだな。

逗子マリーナ「グランブルー・オチアイ」で鮮魚フェア-地元の旬を提供

今回のイベントは、同マリーナ横に位置する小坪漁港にシェフが直接出向き、旬のサンマなど仕入れた素材をイタリアンコース料理として提供するもので、ランチ=4,200円、ディナー=6,825円。メニューはいずれも、アミューズ・前菜・パスタ・魚料理のメーンディッシュ・デザートとなり、ディナーはメーンディッシュに肉料理が1品加わる。


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